弁護士・弁理士 稲井 要介
東京弁護士会、日本弁理士会
この記事の執筆者:弁護士・弁理士 稲井 要介
東京都出身。東京工業大学大学院修士課程修了。大手素材メーカーにて製造・開発・知財業務に携わり、並行して弁理士、弁護士資格を取得。2025年8月に稲井法律特許事務所を開設。知的財産、企業法務などの業務に従事している。
目次
前回のコラム(フリーランス法(2) 発注事業者の禁止行為(その1))では、発注事業者の7つの禁止行為のうち、「➋報酬の減額」について解説しました。
本コラムでは、➋と並んで問題となりやすい「❻不当な経済上の利益の提供要請」及び「❼不当な給付内容の変更・やり直し」について解説します。
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❻
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不当な経済上の利益の提供要請
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発注事業者が自己のために、フリーランスに金銭、役務、その他の経済上の利益を提供させることによってフリーランスの利益を不当に害すること
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❼
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不当な給付内容の変更・やり直し
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フリーランスに責任がないのに、費用を負担せずに、フリーランスの給付の内容を変更させたり、フリーランスの給付を受領した後に給付をやり直させたりして、フリーランスの利益を不当に害すること
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❻不当な経済上の利益の提供要請
名目を問わず、報酬の支払とは独立して行われる金銭(例:協賛金)の提供や、作業への労務の提供をすることが、フリーランスの直接の利益とならない場合が対象となります。
発注事業者が、業務委託の成果物の知的財産権はフリーランスにあるにもかかわらず対価を支払わずに成果物の二次利用を行うことなどによって、フリーランスの利益を不当に害する場合には、「不当な経済上の利益の提供要請」となるおそれがあります。
違反となる例
例1 運送会社→ドライバー
荷物の運送のみを委託しているにもかかわらず、委託内容には含まれていない荷積み作業を無償で行わせた。
例2 音楽制作会社→作曲家
自社が制作する楽曲の候補となる複数の楽曲案の制作を委託し、採用した楽曲については知的財産権を自社に譲渡する契約としていたところ、採用した楽曲に加えて、採用しなかった楽曲の知的財産権を無償で譲渡させた。
一方、フリーランスが、金銭等の提供の要請に応じることが、フリーランス自身の直接の利益になると自ら判断して、提供する場合、フリーランスの利益を不当に害しないので、違反となりません。
「直接の利益になる」とは、金銭等の経済上の利益を提供することで、フリーランスに実際に生じる利益が、不利益を上回ることをいいます。発注事業者の要請に対応すれば、将来の取引が有利になるかもしれないといった間接的な利益は含まれません。
フリーランスが、直接の利益になると自ら判断するために必要な情報(例:負担額、算出根拠、使途、提供条件等)を明確にしないで金銭等を提供させることは、フリーランスの利益を不当に害します。
前回のコラムでも言及したように、2025年6月になされた島村楽器への勧告では、同社がフリーランスに対して音楽教室の体験レッスンを無償で行わせていたことが、「不当な経済上の利益の提供要請」に該当すると認定されました。
これは、体験レッスンの実施後、必ずしも、受講した消費者が入会するわけではなく、体験レッスンを行った講師の生徒にならない場合もあるなどの事情から、フリーランスが無償で、無料体験レッスンを行うことがフリーランスの直接の利益になっておらず、フリーランスの利益を不当に害しているとの判断によるものです。
なお、2025年度の下請法勧告16件(2025年10月12日時点)のうち、11件もの勧告が「不当な経済上の利益の提供要請」に該当すると認定されました。内10件は、親事業者が金型、木型、治具等を自己のために無償で保管させることにより、下請事業者の利益を不当に害していると判断されたものです。
❼不当な給付内容の変更・やり直し
発注側の都合で、発注を取り消したり、やり直しをさせる場合には、フリーランスが作業に要した費用をしっかり負担する必要があります。
「給付内容を変更させる」とは、給付内容を受領する前に、取引条件の明示で示した給付の内容を変更して、当初の委託内容と異なる作業を行わせることをいいます。発注取消、契約解除も含まれます。
「給付内容をやり直させる」とは、給付を受領した後に、その給付について、追加的な作業を行わせることをいいます。
違反となる例
例1 (給付内容の変更)イベント企画会社→シェフ
自社が開催するイベントで提供する料理の企画・調理を委託したところ、その後、イベントが中止になったことを理由に委託を取り消したが、シェフが準備のために支出した費用を負担しなかった。
例2 (給付内容のやり直し)ソフトウェア開発会社→プログラマー
新規ソフトウェアのプログラム作成を委託したところ、プログラム受領後、あらかじめ定められた検査基準を恣意的に厳しくし、発注内容と異なることを理由に、無償でやり直しをさせた。
例3 (給付内容のやり直し)ラジオ番組制作会社→放送作家
ラジオ番組の台本の作成を委託したところ、内容を確認した上で台本を受領したにもかかわらず、取引先の意向により台本を大幅に修正させたが、修正作業に伴う追加の費用を支払わなかった。
一方、以下の①~③に該当する場合は、フリーランスの責めに帰すべき事由があるとして、給付内容の変更・やり直しは、違反となりません。
- ①給付を受領する前に、フリーランスからの要請で、給付の内容を変更する場合
- ②給付を受領する前に、フリーランスの給付の内容を確認したところ、取引条件の明示で記載した「給付の内容」とあっていないことなどを合理的に判断し、給付の内容を変更させる場合
- ③給付の受領後、フリーランスの給付の内容が取引条件の明示で記載した「給付の内容」とあっていないなどがあり、やり直しをさせる場合
なお、下請法の事案になりますが、2025年5月になされた日精樹脂工業(親事業者)への勧告では、当初3,600台発注した射出成形機の部品のうち、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、1,350台の発注を取り消すことで、下請事業者は、この製造に必要な原材料等の費用として、少なくとも約1267万円を負担することとなり、日精樹脂工業の行為が「不当な給付内容の変更」に該当すると認定されました。


